二つのピークを越えて 三ツ山(遠別町) 2017.4.1

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一峰から二峰を望む。
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二峰から本峰を。
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やばっ、へっぽこにとっての核心部w。
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核心部を振り返る。安堵。
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本峰からシートートムシメヌ山。
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そして紅葉ノ滝。




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4月1日は遠別町の三ッ山へ。この低山は遠別川中上流域の奥地にあり、
その名の通り三つのピークを持っている。ピークは北から順に高くなり本峰が
最高点となっている。山頂に設置される三等三角点の点名は「上遠別」。
かつてこの地は上遠別と呼ばれ、後に大成と字名改正されている。
なお、地形図の山名表記は「三ッ山」と小さい「ッ」となっているが、検索に
かかりやすいよう(笑)記事タイトルは「三ツ山」としています。

以前Oginoさんが厳冬期に登られていて、南側の展望をどこからの眺めでしょうと
クイズを出されていた。ちょうどこの山域を考えていた時期ですぐにピンときたが、
真冬の道北のしかも日本海側の山域と長距離運転。天候が悪ければ行くだけで
遭難しそうな場所で、恐れ入ったものだった。

写真は麓の学校遺構付近から見た三ッ山。麓の大成地区や更に奥地の正修地区に
あった集落は過疎化で消滅している。
Oginoさんの写真で初めて山容を見たが、麓からは全容が見えないようで、
登ってみなければピークとコルがどうなっているのか分からない。
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どうせ登るのなら三つのピークを踏んでみたいと、実は昨年の同じ時期に北側
一つ目のピーク(以下順に一峰、二峰とする)に上がってみたが、現れた二峰に愕然。
写真は昨年の三ッ山二峰。

地形図ではそれほど急な描写になっていないが、雪庇が崩れている部分はかなりの
急斜面に見える。真正面に見ているので斜度がどの位なのか分からない。山容は
一峰と同様に天塩山地によくある形で更に険しい。以前の地形図にあった東面の
土がけ記号は、なぜか消えている。天気は良かったが低温のため雪面は硬く、
おまけに日の当たらない斜面。これはへっぽこには無理と潔く引き返していた。

そして今年は風烈山の南から三ッ山を眺め、二峰への斜面しか見えなかったが
斜度はわりと緩そうに見えた。雪が緩んでいればなんとか登れるのではと再チャレンジ。
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昨年のGPSトラック。
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今回のGPSトラック。
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昨年上り下りに利用した支尾根は、細尾根に樹木が密で歩きづらい尾根だったので
今年は北側から上がってみた。写真は昨年の・231 がある支尾根の様子。 
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風月橋を過ぎた辺りから見る一峰。
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遠別川沿いの道道688号名寄遠別線の錦橋を過ぎて最終人家。二つ目の・99 に冬季通行止め
ゲートがあり駐車スペースがある。今時期は駐車しても問題無いと思われるが、
この先もずっと除雪されている。雪解けをもって再開される道路工事のために、三月上旬
までは頻繁に除雪作業が入るかもしれない。
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遠別川はまだ所々雪氷に覆われている。
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道道を少し歩いて、昨年上りに使用した・231 がある支尾根に到着。その手前から取り付く。
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少し北側へ森の中を進み、張り出す支尾根から三ッ山北西尾根に上がる。
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やや急な斜面を登って上がり
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北西尾根を南へ。
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290m で視界が開けて一峰と昨年上り下りに使用した支尾根が見える。
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少し左手に進むと、熊が尻滑りをした跡があった。遊び半分の省エネだろうか。
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熊はしばらく尾根の下をトラバースしていたが、尾根上に上がってきていた。
足跡は、つい先ほど歩いたのではないかと思われる新しいもの。
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先行する熊を追いかける形になり、気分のいいものではない。行く手に熊はいないかと
目を凝らしながら進む。幸い足跡はこの後に尾根を離れていった。
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やや複雑な尾根から
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どんどん標高を上げて行く。雪は昨年より柔らかく登りやすい。
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北東側の眺めが素晴らしい。
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一峰頂上。向こうに二峰が見えてくる。
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頂上から東側。
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登ってきた方向の風烈山方面。高々標高490mのピークとは思えない程の高度感がある。

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今年の二峰。右手にピッシリ山。斜面の状態やコルがどうなっているのか不安だが、
意を決して降りていく。
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コルから二峰を見上げる。雪庇はあるがコルに危険な所は無かった。
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二峰への取り付き。結構急で雪はやや硬めだが、キックステップは問題ない。
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急なのは取り付きだけで、斜度は緩まる。一峰を振り返る。
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二峰直下。思ったほど急ではなく、雪もクラストしていなくてよかった。
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登りきって振り返る。一峰と風烈山。利尻山は裾野がうっすら見えていた。
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奥の雪庇が突き出た所が・531と思われる。
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・531へ。
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・531を過ぎて本峰が見えてくる。
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本峰をじっくりと観察。階段状の雪庇が嫌な感じだが、危険な所は無さそうだ。
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下山予定の一番手前の尾根も観察。
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本峰への下りとコルはどうなっているのか分からないが、進んでみる。
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稜線は細くなり、雪庇に乗らないようやや右手を樹木を縫うように進む。
右手の斜面は結構急で、亀裂が多数入りグライドが起きていた。とてもトラバース
する気にはなれない。そしてこの先に垂直に感じるような急斜面があった。
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写真が悪くて伝わらないが、高度感があってかなり緊張。手が入ってしまった。
高度差はわずかで雪も柔らかかったので大丈夫だったが、あまり柔らかいと
足元が不安定で、雪庇も崩れそうな感じがしてとても怖い。
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コルと本峰。ここまで降りてほっとする。
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コルから振り返る。
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今までに比べれば、後は稜線漫歩。
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本峰直下。ウインドクラスト気味の所もあるが大丈夫。
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二峰を振り返る。
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山頂へ。
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へっぽこが三つのピークを踏めるとは思わなかった。とても嬉しい。
東側の眺めは左手に函岳。正面に小車岳。右手奥に入布山が見えているようだ。
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もう一度二峰を。左手に風烈山、中央奥に利尻山の裾野が見えている。
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南側の眺め。まったく人間が居住していない広大な地域に、累々とした山並みが素晴らしい。
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正面に三ッ山と似た山容の小鋭鋒が続き、奥にシートートムシメヌ山。
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ピッシリ山。日が当たっているのは熊岳辺り。ピッシリ山から北に延びる尾根が素晴らしい。
ピッシリ山には待てど暮らせど日が差さなかった。更に右手には留萌ポロシリ山が見えていたが、
増毛山地は見えなかった。

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北東側は左手に珠文岳と右手にポロヌプリ山を遠望。

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ペンケ山と敏音知岳。
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イソサンヌプリと知駒岳。
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最後に西側の眺め。麓はかつて集落があった大成地区。
やや右手に495.7mピーク。二等三角点「風連越」が設置されていて
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その向こうに、うっすらと天売島と焼尻島が重なって見えていた。
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下山はやや右手に降りていくと、細めの尾根が見えてくる。
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隣にはOginoさんが登られたと思われる尾根。
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上部を振り返る。
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二峰を右手に見ながら降りて行く。
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尾根は隣の尾根と収束し、平坦な森の中へ。ここにも古めの熊の足跡があった。
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方々から沢が集まり蛇行するが、残雪多く大丈夫。
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沢音がひときわ大きくなると、前方に紅葉ノ滝の落口があった。
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最後まで蛇行して落ちていく。
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一枚岩の渓流瀑といった感じ。
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滝の横の急斜面を降りる。
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道道近くから振り返って。
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後は道道をゲートまで戻るだけ。前方左手に大成小中学校の跡地が見えてくる。
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学校の門柱と回旋塔の支柱。かつてのグラウンドは廃材置き場になっているようだ。
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校舎の遺構。大成小中学校は昭和57年に廃校となっている。
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更に道道を北上して、正面奥に神社があったようだ。
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神社の跡地に、
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記念碑があった。
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昨年登った・231尾根から撮影した道道。手前のコーナ辺りに神社、奥のコーナー辺りに学校があった。
更に奥地の正修地区にも学校があったらしい。かつては道道や遠別川両岸に水田が広がっていたのだろう。
遠別町は世界的に水稲栽培の北限とされていて、開拓の困難や苦労が偲ばれる。




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by tafu-r | 2017-04-02 08:33 | 天塩山地 | Comments(2)
Commented by ogino at 2017-05-08 21:16 x
こんにちは。ブログ更新されてたんですね!三ッ山行かれてたんですね。
遠くまでお疲れ様です。1.2.3峰踏破おめでとうございます。
記事、興味深く拝見しました。長文、面白かったです(笑)
道道はまだ工事してるんですね。この辺りは中止になった道道が2本ありましたが、正修‐母子里はまだ生きてますからね。人の全く住んでいない地域に必要あるんですかね。
ところで、鉄砲の沢の南北に位置する541Pと552Pは、以前896P(阿部志内)から眺めた時に目立つ存在でした。鉄砲の沢経由でヤブから登る計画を以前立ててましたが、今では立ち消え状態です。古い地図には山名があったという話を聞いたことがあります。

Commented by tafu-r at 2017-05-21 23:24
Oginoさん、コメント遅くなり申し訳ございません。登り終えて道北にこんな面白い低山が
あったとは、との思いです。Oginoさんのおかげです。
名寄遠別線の進捗はかなり進んでいますね。万一通年通行になればシートートムシメヌ山が
容易になりますがどうなりましょうか。冬の悪天候時に名寄に急病人を搬送とか役割も
ありそうですが、音威子府バイパスの完成も近く、他の道を整備した方が良いんではと思います。
鉄砲ノ沢の小鋭鋒の山名はちょっと調べてみましたが、わかりませんでした。
スタンフォード大学のライブラリーで大正12年測量の古地図を見ると、そもそも三ッ山の山名すら無く、
比較的新しい命名のようですね。
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